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    2009年2月23日月曜日

    コミュニケーション

    理学療法士(セラピスト)は対象者とコミュニケーションせずして仕事を遂行することはできません。
    この場合、通常は言語的コミュニケーションを指しているように見えます。
    しかし、実際のところ、身体接触を含んだ身体的コミュニケーションも含んでいます。
    あるいは、目線を合わせること、においもコミュニケーションの構成要素と考えられます。
    単に話し上手であってもダメな理由はコミュニケーションがもつ意味によると思われます。

    私が大学教育に携わってやがて4年になります。
    そこでいくつかの課題が見えてきました。
    その一つが良好なコミュニケーションをとるためにはどうするべきかという問いです。
    先に述べましたように、コミュニケーションは単純に会話であるとは言い切れません。
    特に、セラピストのコミュニケーションは身体接触を含み、善し悪しが複雑化します。
    教育の中では、礼儀や話し方のルールを指導はしますが、あまり身体接触に関して触れることをしてきませんでした。
    例えば、検査手技、治療手技におけるさわり方や触診の方法は行うのですが、良いさわり方についてあまり考えてこなかったのが正直な感想です。
    そこで、現在所属している大学では初年度教育の中に、さわる・さわられるとはどういった感覚なのかを実習の中に取り入れることにしました。
    学生自身がこれまで人に触れてきた経験を一つの常識として披露します。
    しかし、常識として触ってみても心地よいさわり方であったり、痛いさわり方であったり、さまざまなさわり方があります。
    それをさわられる方が感じ、感覚を伝えます。
    この経験は言語的コミュニケーションをうまく行おうとする営みと同じものだと考えます。

    コミュニケーションは難しい、それはセラピストになって10年が経過しても常に立ちはだかる課題です。
    それを少しでも軽減するために早い内からコミュニケーションの機会を与える。
    そして、私たち自身もコミュニケーションについて考え直す。
    大学教育の中でそのような経験をしています。

    さわる・さわられる、この関係性についてもっと考えていけたらと思います。

    堀 寛史

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