昨日、手を洗おうと思って腕時計を外しました。
その瞬間、期せずして時計が落下していきました。
周りのものにぶつかりながら地面まで落下しました。
すぐに拾い上げ、テンプが振動しているか耳につけて聴いてみました。
かちかちかちかち、28800振動の早い鼓動が聞こえてきました。
良かったと思い、何とも思っておりませんでした。
しかし、何時だろうと時計を見るとそんな時間ではないはずの時間を針で指し示しています。
時計を見た時間はだいたい14:30、指し示している時間は13:00でした。
時計を落下させたのが12:30なので、落下から約30分で故障してしまったわけです。
かなり焦ってしまい、夕方に時計修理屋に持って行くことにしました。
阪急電車に乗って一路京都まで出向き、時計修理専門店を目指しました。
職人さんに渡すとすぐ中をあけて見てくれました。
幸い、天真が折れているわけでなく、ショックアブソーバーからテンプがずれており、それで止まっているだけでした。
いったん安堵し、高い修理費用は嫌だなぁと思うながら、どうせ、そろそろオーバーホールに出そうと思っていたので、そのまま修理工場入りさせました。
せっかくなので、職人さんと少しお話をさせて頂きました。
僕の時計のムーブメントはETA7750をベースとしたものなので、汎用性の高いパーツが使用されています。
もし、壊れてもオメガ社からパーツを仕入れて修理できると言うことでした。
しかし、最近はほとんどの時計メーカーはパーツを修理工へ提供しておらず、すべて自社で修理するようになっているそうです。
いわゆる囲い込み運動(エンクロージャー)ですね。
僕の時計はIWCなのですが、リシュモングループに会社が吸収されてからどうようにパーツの提供が無くなったそうです。
ETAのパーツはまだどうにか手に入るので、おそらくこれからも修理は可能だと言うことでした。
僕のちっぽけな理念として、できるだけ作り手の顔を見て買い物をしたい、修理をしてもらいたいというものがあります。
だんだんそれも憧れだけに変わっていくのかもしれません。
作り手が見えない、欲しい形がないからこそ、革細工を始め自分で鞄や財布を作るようになりました。
しかし、時計はそうも行きません。
なんとなく時代が人の手をかくし、人の顔を隠し、ただ単に品物だけを見せ、真贋の有無は単にブランドを信用しろと言ってきているように思えます。
それにはどうも違和感を覚えるわけですので、今後はどうしたもんかと悩むわけです。
拝金主義的でない会社をしっかりと見極めて、自分で納得できる買い物をするように努力するしかないのでしょうか。
何はともあれ、買い手にとっては買い物の意味が単に金銭の交換になっていっているのは確かのようです。
これはお値打ちだ、だから買おうという判断は少しずつ薄れていくのでしょう。
僕の時計は自ら落下して、オーバーホールを訴えてきました。
それ何に長く連れ添っているパートナーが左腕から離れて少し寂しい気分がしています。
さりながら、彼女(フランス語ではたしか女性名詞だったと思います)の判断は正しかったと思います。
2週間ほどの別れになりますが、美しくなった姿を楽しみにしばしの別れをこらえるとしましょう。

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