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    2009年12月20日日曜日

    サンタクロース存在論

    我が家では息子がもの後ごろついた頃からサンタクロースなどいない、あれはお父さんがやっているのだと言うことを伝えています。
    お父さんが仕事して稼いだお金で、普段、家を空けるなどしてあそんであげれない分、子ども達に商品として還元する日なのだと。
    世の中、そんなに都合は良くできていない、まじめに働きなさいと言うメッセージを込めています。

    そんな息子はもうすぐ6歳になるのですが、どうやら本気にサンタクロースの存在を信じているようです。
    確かにお父さんはプレゼントをくれるのだが、別にサンタクロースはいるのではないかという考えのようです。
    それは友達からなどの情報を統合した結果出された彼なりの解釈であるようです。
    プレゼントをくれるとか、くれないとか言った打算的な部分ではなく、単に存在論として彼の中で解釈は進んでいるようなのです。
    これは逆説的に非常にファンタージーなことだと僕は思っています。
    存在を否定すれば、逆にそれを信じることになるのだと。
    また、それとは別に存在を無条件に信じている子ども達はいつか親が嘘をつき続けたことに反発を覚えます。
    夢が終わるという表現をされますが、そんな簡単なものではなく、だまされたのだと思う人もいるでしょう。
    僕の息子の場合は、自分の力でその存在を信じています。
    だますとかだまされるという状況ではなく、個人の解釈でサンタクロースの存在を確立しようとしているのです。
    これについての考察はまだ不十分なのですが、とても不思議な気分になり、僕もどこかサンタクロースの存在を肯定したくなるような気がしてきました。
    つまり、主観的に信じるという認識は存在を作り上げるのです。
    それは真実として、現実として「いる」という存在ではなく、誰かがどこかで見ているという超自我的な存在論に近いと思います。
    息子の超自我はすくすくと育っているようです。

    ガガーリンが人類としてはじめて宇宙に行き、地球に帰還した際にソ連の当時の書記長から電話があり「宇宙に神がいたことは誰にも言わないで欲しい」と依頼されました。
    そして、電話を切ったらすぐにローマ法王から電話があり「宇宙に神がいなかったことを誰にも言わないで欲しい」と依頼されました。
    そんなジョークがあります。
    これは信じるようにという他者的な信仰が持つ逆説を付いたジョークだと思います。
    しかし、自ずから超自我的に作り上げた存在に疑いを持つ必要はあまりないと思います。
    つまり、感じる何かとして信じるのです。

    息子のエピソードをきっかけに何か大切なことを学んだ気がします。

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