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    2009年12月28日月曜日

    斬新なしりとり

    娘が3歳になりました。
    今日はその誕生日だったのですが、朝、目が覚めた僕の枕元にきて笑顔で「しりとりしよう」と呼びかけてきました。
    少しずつボキャブラリーが豊富になり、なんとなく物事がわかってきた娘はいろいろなことに興味があるようです。
    しりとりの前に、誕生日おめでとうと伝え、早速勝負開始です。

    僕が「りんご」というと娘も「りんご」といいます。
    「りんごだからごだよ」といい、「ゴリラなんかどう」とアイデアを伝えます。
    すると娘は「ゴリラ」と言います。
    そして僕が「らくだ」といい、次は「だだよ」といいます。
    そこで娘は「しらんわー」といって、言葉を諦めます。
    なかなかあり得ない回答に家族で大笑いします。

    この「しらんわー」はまだ言葉がよくわかっていない娘が言うので面白いのですが、しりとりの際に知らないという選択肢があることを僕はしりませんでした。
    娘の頭の中は知らないことばかりで、その反面でいろいろなことに興味があります。
    いろいろなものをさわり、とりあえず訳もわからない単語を使い、日々の学習にいそしんでいます。
    会話においては考えるよりも反応として返ってくるようなものが多いです。
    一旦考えて、答えるという受け答えではなく、ツーといったらカーという感じの受け答えです。
    娘の頭の中で何が起きているのか、娘が観ているものはなんなのか非常に興味があるところです。

    「しらんわー」という言葉が持つ意味は「知らない」なのであり、それが何なのかわからないということです。
    娘は「しらんわー」の意味を十分にわかっていないまま使用していると思います。
    つまり、知らないということ自体を知らないのです。
    なんだかそれは非常に奥深い状態なのだと思いました。
    ソクラテスは「私は何も知らないことを知っている」といい、唯一知っていることは知らないであると言いました。
    しかし、娘は「知らないを知らない」のです。
    この二重否定の状態はは前・哲学の状態であり、おそらくそこに僕らが立ち返れない場所なのだと思います。
    数学的にはマイナスとマイナスを掛け合わせた状態になります。
    そのように考えると純然たるプラスの状況なのかもしれません。

    娘が今いる場所はすごく素敵な場所であり、すべてが正直で、すべてが美しいのだろうなぁと思います。
    これから言語を習得して経験が物語り化されてきます。
    それ以前の記憶は僕らにはハッキリと思い出せないものですので、この前・哲学の状態をしっかりと楽しんでもらいたいと思います。

    父は3歳になってくれたことをこころから幸せに思っています。

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