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    2010年4月20日火曜日

    1Q84 BOOK3 を読んで

    村上春樹氏の小説はほぼ読んでいます。
    今回の作品では何がテーマになり、何が解決されたのかを考えながら読んでみました。
    一つは時間論、もう一つは孤独の問題をどうすればよいのか?だったと思います。

    プルーストの『失われた時を求めて』が登場することからも示唆されているように時間論はこの小説の重要なテーマだったと思います。
    流れるとか止まると言った時間論ではなく、存在を規定するであろう時間の必要性についての言及だったと思います。
    簡単に言えば、感じる時間についての説明がなされていたと思います。
    誰に対しても平等にあると思われがちな時間は決してそうでなく、どのように感じ得るのかを説いたのだと思います。
    この時間論は孤独の問題に接続します。

    次に、孤独の問題です。
    これは僕の勝手な解釈ですが、『アンダーグラウンド』から抱えてきたオウム真理教が社会に受け入れられ、排除された原因の根本が孤独の問題であり、その解決策をどうすべきかを悩んだ結果が書き記されたのだと思います。
    牛河氏が「ソーニャに出会わないラスコールニコフ」と述べた部分にそれがあるのだと思いました。
    3名の孤独を抱えた登場人物の対比から「孤独」と「一人」を導きだし、そして孤独であることとは何かを説いたのだと思います。
    ドストエフスキーの『罪と罰』において「大地にキスをすること」が救いであったのですが、この作品では誰かを想うことが救いの一要素であったと読めました。
    誰にも愛されたことがない人が救いを探し、求め、そしてそれを見つけるまでの過程が書かれており、宗教の根本的な部分を暴露したのだと思いました。
    それはオウム真理教に傾倒していった人々に対する回答であり、現代において生きにくさを感じている人々に対する回答なのだと思いました。
    この回答を提示するために3人称を使用されたのだと思います。
    誰の声でもない、しかし誰の声でもあるような存在の使用です。

    テーマとしては非常に重苦しいのですが、僕には比較的しっかりした回答を提示していただけたと思いました。
    問いとそれを解くための道筋は難解なのですが、回答はシンプルで誰にでも受け入れられるものだったと思います。
    それこそ真理であり、ある意味では定義なのかもしれません。

    1と2とは違ったテーマで3を書かれたと思います。
    村上春樹氏の力量に驚嘆させられた1冊でした。

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